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「花もわたしを知らない」

花と写真の学習帳

空木

ウツギ (ユキノシタ科 ウツギ属)

この花を見ると、必ずといって口ずさんでいます。
♪卯の花の匂う垣根に~

美しくも難解なこの歌を「大人の童謡吟味」より完全にパクッて見ました。

一、
 卯(う)の花の匂う垣根に
 時鳥(ほととぎす)早も来啼きて
 忍音(しのびね)もらす 夏は来(き)ぬ
二、
 五月雨(さみだれ)のそそぐ
 山田に 早乙女(さおとめ)が 裳裾(もすそ)
 ぬらして 玉苗(たまなえ)植うる 夏は来ぬ
三、
 橘(たちばな)の薫(かお)る
 軒端の  窓近く蛍飛び交い
 おこたり諫(いさ)むる 夏は来ぬ
四、
 楝(おうち)ちる川辺の宿の
 門(かど)遠く 水鶏(くいな)
 声して 夕月涼しき 夏は来ぬ
五、
 五月闇(さつきやみ)蛍飛び交い
 水鶏(くいな)啼(な)き 卯の花
 咲きて 早苗(さなえ)植え渡
 夏は来ぬ

 梅雨が終わりかけてさあ夏が来た、という初夏の風情がふんだんにちりばめられた美しい歌である。しかし、歌詞の意味が難しく、夏はきぬという部分を夏はこぬと誤解して、不思議がる子どもたちが多かったという。一番の「卯の花」とはうつぎの花で、「匂う」とは美しく映えるという意味。「忍び音もらす」とは、まだ若くて鳴き方に自信のない時鳥が小さな声で鳴く様子。卯の花と時鳥の組合せは万葉集からの引用である。二番の「五月雨」とは梅雨のこと。「早乙女」とは田植えをする女性のことで、当初は「賤の女(しずのめ)=婢(はしため)=身分の低い女性」となっていたが訂正された。また、「玉苗」とは稲の苗の美しい言い方で、「五月雨に裳裾濡らして植うる田を君が千歳のみまくさにせむ」(栄華物語)から引用された。三番の「窓近く蛍飛び交い」とは、 蛍の光 の歌と同じく 蛍雪の功 から引用され、蛍の光で勉強するように、「おこたりいさむる(なまけてはいけませんよ)」という意味を表わしている。四番の「楝」とは栴檀(センダン)の古名。初夏に淡紫色の花を咲かせる。「水鶏」とはツル目クイナ科に属する夏鳥すべて。五番の「五月闇」とは梅雨の夜の深い闇。後の歌詞は前出の反復である。大人でさえよく知らないことが多く、意味を知らず歌詞だけを追って歌う子供が多かったが、それは当時よくあることだった。


1,2,3枚目は空木(卯の花)
4枚目と5枚目は更紗空木(八重)
ウツギ801



ウツギ802



ウツギ803



サラサウツギ801



サラサウツギ802

  1. 2008/05/28(水) 21:37:02|
  2. | トラックバック:0
  3. | コメント:4
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コメント

こうして歌の解説をしていただくと 改めて意味がよくわかります。
2番くらいまでしかしりませんでしたが 5番まであるとは・・・
でも一つ一つ 見て行くと季節の移り変わりがよくわかりますね。
ことに4番の ”棟ちる・・・” の意味がわかりました~
センダン(栴檀は双葉より芳しのビャクダンとは違いますが)がおうちの樹と呼ばれる意味を何年か前に知ったのですが 歌にもあるのですね~
マホガニーの仲間で家具や家を作るのにてきしているとか・・・
果実はお数珠にもなるそうですね。
にしても夏が来ない? にはね~~!
ウツギの雄しべの花糸の下の方はたしかいかり肩でしたよね?
八重の園芸種をサラサウツギとかいうようですが これはまたキレイな赤紫の色が差して美しいですね。
今日は 目からウロコです。v-12
  1. 2008/05/28(水) 23:19:51 |
  2. URL |
  3. pole pole #0/9lwY.w
  4. [ 編集 ]

pole poleさん
おはようございます。
>にしても夏が来ない? にはね~~!
ウサギ美味しは私でもわかりますが、
お富さんの、粋な黒兵衛 神輿の祭り は江戸の風情がよく詠われていますよねv-12
>雄しべの花糸の下の方はたしかいかり肩でしたよね?
って見たことないから知りませんが、それてのぞきの勧め?
昔から「夏は絹、冬はウール」って・・・・v-8
  1. 2008/05/29(木) 07:58:00 |
  2. URL |
  3. おるごどん #-
  4. [ 編集 ]

忍び音

ほととぎすの忍び音については、世間では誤解されています。正しくは、旧暦四月の鳴き声のことです。古来、「五月の鳥」と理解されていましたが、実際には旧暦4月に来てしまいます。そこで古人は、おおっぴらに鳴ける五月までは、遠慮してこっそり鳴くものと勝手に決めつけていました。このことを表した古歌もたくさん残っています。辞書にも書いてあるので無理もないのですが、そもそも辞書が間違っているのです。詳しくはブログ「うたことば歳時記」の中の「ほととぎすの忍び音」をご覧下さい。失礼は重々承知ながら、ほととぎすが誤解されたままではいやだと申しマスので、成り代わって申し上げました。どうぞ御容赦下さい。
  1. 2015/06/21(日) 20:34:50 |
  2. URL |
  3. milk3 #-
  4. [ 編集 ]

milk3 さん
こんばんは。

ホトトギス(佐木信綱氏)に成り代わってのご解説ありがとうございました。

唱歌「夏は来ぬ」の歌詞について、一般には江戸末期の歌人である加納諸平の歌「山里は 卯の花垣の ひまをあらみ しのび音もらす時鳥かな」の翻案だと、説明されている。確かに「卯の花の垣根」と「しのび音もらす時鳥」がそろえば、そう説明したくなるのも無理はない。しかし卯の花の垣根に郭公が来るという理解は、王朝和歌に数え切れないほど詠まれており、加納氏の発想ではない。また卯の花の咲く卯月、つまり旧暦4月に早くもやって来た郭公は、五月になるまで忍んで鳴くという理解も、王朝時代には共通理解されていたことであった。ただ加納氏の歌のひねった部分は、垣根の目が粗いので、そこから声が漏れてくるという趣向にしたことである。まあ面白いと言えば面白いが、理屈と言えば理屈でもある。作詞者の佐佐木信綱は、明治時代に歌人・国学者として活躍した程の人物であるから、加納氏の歌を知る以前から、卯の花・郭公・忍び音などのことはとっくに理解していた。「もらす」という言葉については加納氏の歌がヒントになったのかもしれないが、翻案したとまで言われると、佐佐木信綱氏に失礼なことではなかろうか。

って言うことなんですね。

  1. 2015/06/21(日) 23:00:16 |
  2. URL |
  3. おるごどん #-
  4. [ 編集 ]

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